【たか】って何者?

生い立ち ~田舎町からの出発~


福岡県北部に位置し
周辺市町と比べ公共交通の便が悪く

過疎地域として指定された田舎町に
一人っ子としての長男として生まれる。

父親は町工場で
勤務日は1日たりとも
休む事もなく働く
寡黙なサラリーマンで

反対に母親はいつも機嫌が悪く
家庭内でえんえんと当たり散らり

不幸な話を吐き続けて
支配的な態度を一切変えようとしない
とにかく気性が荒い性格であった。

無関心な父と過干渉な母という
両親から育てられ
家の中はいつも窮屈だった事もあって

物心ついた頃から
僕は人付き合いが得意な方ではなく
既に小学生の頃から孤立気味でした。

休み時間は
人気のない場所で一目をしのんで
1人遊びして過ごしたりいましたが

クラスのみんなと教室での
時間を過ごせば過ごすほど

「あれ、自分ってみんなと違くない?」
って違和感を持ったりしてたけれど

学校では宿題だったり
授業を真面目受けていたので
あまり目立つ事はありませんでした。

※母親から強制的指導によるものが
大きかったというのも一つの理由

中学時代 ~やり過ごす術~


中学生の頃は
スクールカーストの底辺層ながらも

なんとか友達を見つけて
いじめの対象にならないように

家庭内で身につけた
他人の顔色センサーを
敏感に感じ取る術と

先回りして機嫌をとる作り笑いを
徹底する事を駆使して
なんとか乗り切る事に成功。

授業では
先生の言う通りに真面目に
黒板の文字をノートに写して

試験前夜の一夜漬けで
勉強するというスタイルで
なんとかやり過ごしていた。

※単にノートに文字を書くのが
好きだったってのもありました。

高校受験では
親を喜ぶ顔が見たいのと
どうしても自分を褒めて欲しかったので

学校が終わってから
家に帰ってから朝4時までずっと
毎日10時間以上勉強し続けるという
常軌を逸した勉強量で

自分のスペックをはるかに超えた
高校を受験して無事合格を勝ち取る。

高校時代 ~劣等生として~


高校では受験で全てを使い果たして
燃え尽き症候群になったのと

身の丈に合わないレベルに合格したため
学校の授業に全くついていけず
完全に劣等生と化した。

高一では準特進クラスへ
入ってしまったことにより

毎日の予習復習をちゃんとやっても
自分のスペックを
はるかに超えた他の生徒に
どうしてもついていけず

先生に当てられても
答えられずいつも目の敵にされる事で
徐々にやる気をなくしていく。

学校行く時は
いつも気持ちが重く
遅刻ギリギリで通学していたり

時間割を見ても
整理整頓は全く出来ないとあって

バックの中に全教科の教科書を持って
学校に通うというような生徒でした。

※カバンがいつも不自然なほど
膨れ上がっていた。

大学受験が近づいてくると
落ちこぼれ的な目で
先生に見られながらも

そこは進学校という事で
できるできないに関係なく
勉強しなきゃいけない環境でしたので

大学は福岡ではそこそこ名の知れた
私立大学に滑り込み合格する事ができました。

※センター試験も壊滅的でしたが
この時ばかりは高校受験を思い出して
後がないので必死で頑張りました。

大学時代 ~ひとときの幸せ~


大学は福岡ドーム
(現:福岡PayPayドーム)へ
歩いていける距離にあったのと

当時は福岡ダイエーホークス
(現:福岡ソフトバンクホークス)が
大ハード打線と呼ばれ

日本野球史上最強じゃないかという事で
福岡の熱気は本当に凄かった。

僕は僕で大学生になって

田舎だったところから
急に都会にやってきて
いろいろな変化がありました。

ちょっと緩めの部活で汗を流したり
サークルを作って適当に旅行に行ったり
PCのアシスタントのバイトをしたり
ドームの近くの海岸で花火をしたり

初めて気の許せる仲間と
出会う事によって

たわいもない時を過ごすだけで
こんなに幸せになれる事もあるんだ

と初めて知った時でもありました。

今思い返せば
本当に幸せな時間が流れていました。

一方でこの時間はきっと長くは
続かないなという事も
いつも心の底で思っていましたが

やはりその悪い予感はすぐに
現実としてやって来ることになりました。

大学でも勉強は全くしなかったので
とうとう留年通告まで来てしまいましたが

大学4年に年間単位MAXを取得するという
過集中のなせる逆転劇を演じて
なんとか卒業にこぎつけました。

卒業する事に必死だったので
就職活動もほとんどできませんでしたが

卒業証明書も発行できない中
秋頃に受けたIT会社に
面接もそこそこなんとか受かりました。

こうして考えてみると
節目節目はいつも
綱渡りの連続な気がします。

社会人時代 ~上京。苦悩の始まり~


僕は人付き合いは苦手な事は
もう十分意識していたので
ITエンジニアの職になる事にしました。

手に職をつけたかったのと
なるべく人と接する機会を
減らしたかったためでした。

本社が東京でしたので
福岡から離れて
意気揚々と新天地で働き始めたのです。

しかしそこからが
本当の苦悩の始まりでした。

会社では
仕事に対する優先順位とか
計画性がないとか

与えられた仕事を
最後までできないとか

何事も先延ばししてしまうとか
そわそわして集中力が保てないとか

普通の人ができるタスク管理や
仕事全般に対して何一つできない
という特性が出ていました。

僕の仕事はITエンジニアなので
システムに問題を検知したら

一早く対応を行い
お客様に影響が出ないように
メンテナンスするお仕事なのですが

システムを管理する以前に
自分をコントロールする事が
できない問題がまずあって

いざ自分が作業する時となったら
注意散漫で細かい所に目が届かないため

システムを修正する時も
大変危なかっしいものでした。

プログラムのコードを
1行間違えるだけでも
大参事になるのに

緊張感を持って作業に当たれない
集中するべきところで集中できない。

とにかく凡ミスが多くて
臨機応変に動けないので

先輩や同期に迷惑を
かけっぱなしになってしまい
遂に仕事を任せてもらえなくなりました。

フォローのしようがないほど
何をさせてもぐだぐだだったので
仕方がなかった面もありました。

元々ポジティブな方ではないのですが
さらに自分に対しての自信がなくなり

周りとも壁を作って
また学生の頃みたく孤立状態へ
逆戻りしてしまいました。

おかしいなと思って
自分なりに調べたところ

どうやら僕は不注意が優勢である
凸凹症状が強いようでした。

※診断を受けたわけではないけれど
ADHDグレーに類似している症状が出ていた

当然のごとく
お客様に信頼して頂いて
同じ現場で安定して
長く作業を任せてもらえないので

炎上プロジェクトへの
配置転換を余儀なくされてしまいました。

火消し屋時代 ~デスマーチの日々~


炎上プロジェクトとは
予定していたスケジュールの
納期遅延が発生し

その遅れを挽回するために
たくさんの人員が投入され

夜遅くまで残業して
遅れをリカバリーしようとすると
いうような現場です。

ところどころで会議中に怒号が飛び交い
もう毎日何がなんだか分からないまま
ただ時間だけすごい勢いで過ぎて行く
そんな凄惨な現場です。

必死で頑張って頑張って
そのプロジェクトの
火消し(リカバリー)が
ようやく終わったらと思ったら

また次の炎上プロジェクトへ
容赦なく投入されます。

そんなプロジェクトを渡り歩く事でしか
自分の生きる糧を持てなくなってしまい

都内の現場を転々とする、
さすらいの火消し屋ITエンジニアという
毎日を過ごしていました。

御徒町

池袋

四ツ谷

江戸川橋

大塚

お台場

恵比寿

巣鴨

新宿

東池袋

豊洲

神田

市ヶ谷

護国寺

高田馬場

上野

・・・

炎上プロジェクトは
ともかく遅れを取り戻す事が使命なので
スケジュールもへったくれもありません。

作業は常人では
考えられないような量を要求されます。

その内容は
月火水木金と23時半を続けて
土曜も出勤して23時半
日曜も出勤して23時半

そしてまた月火水木金の
23時半残業が続きます。

いわゆるデスマーチというやつです。

気付いた時には
10日連続23時半出勤とか
やってました。

あれは8月のうだるような暑い夜でした。

夜になると冷房の効きが悪くなるので
ねっとりとした気持ちの悪い汗が
シャツにこびりついていたのを
今も覚えています。

ついに
月間残業はとうに100時間オーバーし
勤務票がエラーでつけれません。

ある日なんとか家に帰れたと思ったら
スーツを着たまま靴下も脱がず
そのまま玄関でぶっ倒れていたのですが

朝なんとか目覚めて
シャワー浴び
着替えを済ませ
そのまま会社へ。

何のために家に帰っているのかさえも
分からないし

毎日出勤してるので
いったい今日が平日なのか休日なのか
もう曜日感覚もあやふやで
何がなんだかわかりませんでした。

・・・・・

そしてとうとうある日
来るべき時が来てしまったのです。

「起きれねぇ…
マジきつすぎ。
身体が鉛のように重くて動けねぇ…」

もう肉体の回復が追い付かなくて
限界に達してしまったのです。

それでもなんとか
ごまかしながら出社してみたものの

メールもうまく読めないし
なんだか人の言っていることが
うまく頭に入ってこないし
ミスは日増しに増えていきました。

それでも炎上プロジェクトからの
火消し屋としては

足を洗う事ができないので
残りわずかな有給休暇を使いながら
だましだまし
ごまかしながらやっていく。

もう他の事ができないんですね。
会社の仕事で精一杯で。

しかしこのままでは
確実に会社に殺される
と焦りと恐怖を感じていました。

僕は終電間際の
帰りの電車の中で
吊り革に頭をもたげながら

スマホの画面を見てたら
ネットで収入を得て
生活している人のブログを見つけました。

僕は藁をもつかむ思いで

「助けてください。
こんな僕でもできますか」
とコメントしました。

スマホの送信ボタン押して
その日は死んだように眠りました。

もうすべてに疲れきっていたのです。

そして
翌朝のすし詰めの通勤満員電車の中で

そういや
あのコメントどうなったんだろ
って思ってブログを見たら
返事が返ってきてたんですね。

そこからです。
何かが動き出したのは。

新しい生き方へ ~今の思いをシェアしてく~


その方と直接メールでやりとりして
まずは自分の知ってる事や
経験談のジャンルを決めて

ともかく発信してみれば
何かが変わるとの
アドバイスを頂いたので

まずはTwitterで
生きづらさの思いを文章にしてみました。

初めは誰も見てくれなかったけれど
徐々に人の目に見られるようになって
現在ではフォロワーさんも5000人を超え

・私もとってもわかります!
・そのツイートで救われました。
・たかさんのツイートのおかげで
前向きになれました。

と大変に嬉しいメーセージを
いただくようになりました。

いつのまにか現在は
生活を整えたいと悩んでる方へ
アドバイスしたり

何かを変えたいけれど
続けれない人に向けての
サポートなどを行なうようになりました。

そのおかげでネットからの収入も
昔は考えられませんでしたが
現在では6桁を超える月も出てきました。

本当にありがたいことです。

会社では
小さなミスを徹底的に叱責され
人格を踏みにじられ
蹂躙され

やっと待ちに待った土日は
もう死んだように眠るだけの日々

それでも会社にしがみつくことでしか
収入を得れないと思ってたんです。

でも僕は
・今の会社員の労働地獄は嫌だ
・もうこのままでは心身が壊れる
・失敗を恐れずチャレンジして
自分の望む生活を手に入れるんだ

そういう思いから
確かな一歩を踏み出しました。

そして今ようやくそれが
実を結びつつあります。

僕がやっている事は
特別な事をやっているわけではなく
誰でもできる事です。

ただそれを愚直に
バカの1つ覚えみたいに
続けているだけです。

もし会社員として
普通に過ごせていたのなら
そのまま普通に仕事していたと思います。

でも今は社会は僕にとって
とても生き辛くて
耐えれなかったし

それしかもう生きる道は
残されていなかったので

・YouTubeで動画を収録して発信する
・Blogで文章を書いて発信する
・Twiiterで短い言葉で発信する
・LINEで個別サポートを徹底する

をコツコツやっています。

今も毎日試行錯誤しながら
自分にできることだけを
続けることにしています。

これからの僕 ~できる限り続ける~


これからも僕はこの活動を
できる限り続けていくつもりです。

自由で幸せな生活を手に入れたいと
いう思いよりも

自分ができる事を毎日ちゃんとやって
ああ、今日もいい1日だったと思いながら
安心して夜布団に入る。

それが僕の生き方だから。

僕はただ自分を信じて
コツコツ地道に積み重ねて行くだけです。

他の人のやり方を
いろいろ参考にしながらも
自分ができる事を見極めて
自分が続けられることをやっていく。

ここまでの思考にたどり着くのには
気の遠くなるような
長い道のりがありました。

ほんとにどうでもいいことで悩んだり
やっぱり会社員の方が楽かな・・・
とか言って逃げたりしたり

あきらめては続ける
またあきらめては続けると
一進一退の繰り返しです。

それでももう僕を
信じてくれている方がいるので
もう僕だけの人生だけはなくなりました。

個別サポートに関しては

「できればずっと、続けていきたい。」
そう言ってくれる人がいるし

毎日いろんな事があるけれど
そういう逆風が吹き荒れる人生でも

「これからも自らを変えていきます。」

そう言ってくれる方の気持ちを
大事にしていきたいです。

そして僕もできる限り
その想いに答えれるようにしたいので

日々新しい事を学んで
またそれを僕を信頼してくれる方へ届ける。

もうただその繰り返しです。

だから
これからも僕が実現したい事は

「頑張りたいけど頑張れない。
でも頑張りたい人」

に向けて

人生に絶望して
やけっぱちな気持ちで生きるんじゃなくて

少しでもあきらめずに
希望を光を持って

ゆっくりかもしれないけれど
一歩ずつ前を向いて
歩いていける人が

1人でも増えてくれれば
いいなって思っています。

やっぱり生きづらさを感じている人は
社会的に生きるのが
どうしても苦しいと思うんです。

でも、それってなぜかって言うと
個人で収入を得る力を持ってないがために

生活するためには
どうしたって会社の給料に頼らざるを得ない
という状況がそうさせています。

もちろん、人それぞれ悩みは違うので

日々の生活を整えていきたい。
自分の立てた目標に日々進んでいきたい。
人間関係を円滑にしていきたい。

と色々あってそれはそれでいいと思います。

でもやはりどうしてもついて回るのは
お金の問題です。

だから僕がこれから歩もうとする道は
この生きづらい社会に

無理やりに
組織という枠組みに
自分を当てはめて

適応させようとしたり
改善するのではなくて

自分の力で
生活の糧を得れるようになって
自力で生きる力をつけてもらえれば
いいなと考えています。

そして僕は僕のメディアで
会社に頼らずに
ネットで収入を得る方法を
微力ながらでも
伝えていこうと思っています。

生きづらくてしょうがないけれど
それでも逃げる事もできず

どこまでも続く真夜中の闇で
海で溺れるように流されながら

どうしようもない状態で生きている人が
少しでも光が見えたら・・・

そう思いながら
僕はこれからも努力し続けるし
前を向いて生きていける自分で
あり続けていたいと思います。

たか

追伸

ここまで最後まで
僕の生い立ちを読んでいただき
本当にありがとうございました。

もし僕と同じような思いを抱えていて
日々のモヤモヤを
なんとかしたい。

嫌な気持ちをこのまま
ずっと引きづったままじゃなくて
現実とちゃんと向き合いたい。

自分の人生は
あなたにとって何が正解なのか?

今の現実と向き合うために
あなたは今から
何をしなければいけないのか?

そして、その答え探しの旅は
これからも続くのでしょうか?

探しても探しても見つからないのは、
実は一番反対の所に
隠されていたからかもしれません。

少しでもそんな気持ちを
持っているならば

あなたに向けて
僕からささやかな
プレゼントがあります。

そのプレゼントに
その謎を解き明かすヒントが
眠ってたとしたら・・・

もし興味があれば
下記のプレゼントページの扉を
開けてみてください(*’ω’*)

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